中高数学教育序説-はじめの0.5歩-

特に数学教員志望の学生さんや若手数学教員の皆様の少しでもためになったらこれ幸い

「数学を学習すると論理的思考力が育成される」は本当か?

「なぜ数学を学ぶのか?」という問いは,算数・数学教育上もっとも大切にされるべき問いであり,また永遠に追究されるべき問いです.

それゆえ,数学教育学において,目的・目標論としてこれまでにかなりの検討がなされてきています.

現在では,算数・数学教育の目的論は,次の3つの視座から整理されるのが通常となっています(例えば中原,2000*1;長崎,2010*2).

  • 陶冶的目的
  • 実用的目的
  • 文化的目的

先日示された高校の新学習指導要領解説・数学編*3では,この3点から数学教育の意義が書かれています(p.8).

このうち「陶冶的目的」とは,算数・数学を通して人間を育てることに関わる目的であり,例えば「自律的な態度を育てる」や,よく言及される「論理的な思考力を育てる」といったことがこの目的に該当します.

で,前置きが長くなりましたが,簡潔にいえば,この陶冶的目的が本当に達成されるのかについて過去の研究成果をレビューしたのが,CCR(Center for Curriculum Redesign)が出した "Mathematics for the 21st century" に関する文書のNo.4,

"Does Mathematics education enhance Higher-Order Thinking Skills?"

数学教育は高次の思考スキルを高めるのか?」

です*4

CCRが出したと言っても,実際に書いたのはハーバード大修士の院生のようです)

今回は,この文書についてメモしておきたいと思います.

 

文書の趣旨

CCRは,数学カリキュラムの正当化として用いられる恩恵(benefit)の3つのレベルとして,実用的・認知的・感情的を挙げます.

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先ほどの3つの視座でいうと,下から実用的目的・陶冶的目的・文化的目的に対応していると考えられなくもないです.

(個人的にはこの「三層構造」には疑問もありますが,それは割愛)

この文書が問題としているのは,例えば「批判的思考」といった「認知的恩恵」です.

中間レベルすなわち数学の認知的恩恵は,カリキュラムにおいて(数学が)中心的な位置にあることの正当化として引き合いに出されるが,この認知的恩恵の主張の正当性を評価するために,その信条についての歴史,思考と認知スキルの転移についての心理学的研究について概略し,最終的に数学の発達に関する神経科学と,脳におけるその影響について議論する.それから,数学教育の三層の恩恵を再検討する.(p.2)

 要するに,「数学を学習することで"批判的思考力"とか"論理的思考力"とかが育成されるとか言ってるけど,それ本当なの?」とダウトをかけているわけですね.

 

まずは結論

先に結論から述べると,それは次のように書かれています.

我々は本稿で,数学が高次の思考機能(function)を高めると結論付けるためのエビデンス十分でないことを示してきた.CCRは,数学を勉強することの効果について開発されるもっと強力な認知心理学的・神経科学的研究基盤を求める.将来的な研究は,様々な数学の課題,教授スタイル,認識論における脳の過程を紐解くことをねらいとすべきであるし,それらのうちどれが高次の思考をトレーニングしうるのか決めることをねらいとすべきである.(p.10)

要するに,「数学を学習することで"批判的思考力"とか"論理的思考力"とかが育成されるとか言ってるけど,その証拠は十分とは言えないよね」ということです.

Oh...…大丈夫か算数・数学教育……

…となってしまいそうですが,証拠が「無い」と言っているわけではないことに注意です.

大切なのは根拠ですので,CCRによる過去の研究成果のまとめを見ていきたいと思います.

 

CCRによるレビュー

ただ,私は認知心理学,特に神経科学については疎いというレベルではなく何もわからない身なので,CCRがレビューしている内容を批判的に考察することができません(これがなかなか辛い).その点ご了承ください.

一般的なスキルを育成すること

CCRは,歴史的概観の後,まずは一般的なスキルを育成することについて"一般的に"レビューします.

以上の議論の帰結は,転移可能な高次の思考スキル発達のための適切な条件についてのより微妙な(nuanced)理解である.研究の知見は,一般的な思考スキルは教授・学習が可能であるという主張を支持するが,しかしそれは文脈特有の領域知識を大きく頼りにするものであり,独立した原理としてよりも領域に埋め込まれて与えられる際に最も効果的である.ピアジェ構成主義のアイデアに一致して,もし生徒たちが,原理を与えられてそれを応用するよう問われるのではなく,彼らなりの専門知識を高めていくというようなアイデアのもと,創造したり実験したりすることが促されるのであれば,トレーニングはよりうまくいく.(p.5)

例えば「批判的思考とはこういうものだ」というようにスキルの手順や原理・原則を示してそれを使わせるような教育は過去の失敗例から警鐘が鳴らされていて,教科等の学習と一体化して育成する「文脈的アプローチ」*5が提唱されています(国立教育政策研究所,2016*6).

上記のCCRの記述は,こうした立場と整合しています.

CCRは上記の記述に至るまでに,例えばかのソーンダイクや,数学教育研究でいうとアラン・シェーンフェルドの研究成果*7を採り上げています.

特に数学スキルを育成すること

CCRは次に,特有の文脈に埋め込むことで高次の思考スキルが最もよく教えられることはわかったが,ではなぜ,そのためのベストな領域として数学が信用を得ているのか?ということと,数学学習の効果を「脳」の働きを通して明らかにしてきた研究のレビューを行っていきます.

そしてこの後者が文書の中で最も長い…のですが,自分がこの分野についてはてんで素人ということもあって,書いてあることは結構興味深いです.

まとめると,これらの研究は,脳における数学の多くの異なった側面を探っているが,高次の機能(function)を育成するにあたって数学のトレーニングが比類なく適しているというエビデンスは与えていない.数学の達成度と背外側前頭前野,頭頂間溝,そして遂行機能(executive function)とワーキングメモリーのような一般的な認知スキルの間には明確に関係があるが,現在の知見では,高次の機能は数学スキルの育成を支えるが,その逆ではないようである.(p.9)

ここで述べている「高次の機能」とは,神経科学での「遂行機能」とか認知心理学での「ワーキング・メモリー」を指していて,それらをひっくるめて認知スキルと呼んでいそうです.

そして,こうした認知スキルを,高次の思考スキルの一部としてとらえていると考えられます(ここがいまいち不明確).

興味深いのは,こうした認知スキルは数学スキルの育成を支えるがその逆は示されていない,つまり数学スキルが育成されることによって認知スキルが育成されるという証拠はないということです.

つまり,「数学を学習すると脳が鍛えられるんだ!」みたいな言説の学術的根拠は無くむしろ逆で,「脳が鍛えられるからこそ数学を学習できるんだ!」となるようです.

 

H.P.フォセットの『証明の本性』から学ぶ

以上のように認知心理学あるいは神経科学のレビューが多く,なかなか読んでて辛かったのですが,それでもこの文書を信頼し,採り上げてみようと思ったのは,1つの研究成果としてH.P.フォセットの『証明の本性』を参照しているからです.

これは1938年という80年以上も前に,幾何の論証指導において,H.P.フォセットが「批判的・反省的思考」の育成を目指して2年間にわたって実施した実験的な指導に関する研究で,数学教育研究として有名であり,評価が高いとされているものです.

(といってもこれは学位論文であり,そう簡単に読めるものではありません.私も概要を知っている程度です.詳しくは例えば清水(2007)*8など参照)

詳しく書くと大変なことになるのでCCRが書いていることを引用します.

フォセットは,幾何の証明についての指導法を,生徒主導のやり方と,伝統的な指導法とで対比した.2年の研究後,幾何の知識,その保持,日常生活の状況への推論の転移に関する測定において,実験群(注・生徒主導のやり方の方)が統制群を上回った.不運なことに,この結論を広く適用するには難しいような実験デザイン上の問題点がいくつかある.微妙な違いという教授の本性を原因として,こうした実験を厳密に実行することは極端に難しい.しかしながら,この研究のように,生徒が数学を学習する間に高次の認知スキルを発達させる程度を決定するにあたっての潜在的に重要な要因としての指導法(teaching)を指摘する.将来的には,方法論的に,厳密に,そして適した新たな技術をフルに利用することで,これらの疑問に取り組むことができるようにすべきである.(p.9)

 フォセットがどういう位置づけで採り上げられているかというと,その研究手続きに不備はあるけれども,「批判的・反省的思考」のような思考スキルが数学学習を通して育成されるには,指導法(teaching)が重要な要因であることを示した,ということなんですね.

これはごく当たり前のようで,世の言説を見ているとどうも見逃されているように思うところもあります.

どういうことかというと,よく話題になる例でいえば,表題にあるような"「数学を学習すると論理的思考力が育成される」は本当か?"について様々な意見が出されることがありますが,この文言だけで考えてもほぼ無意味で,「その"数学を学習すると"と言ったときの数学学習ってどんなことを指しているのか?」が問題とされるべきということです.

換言すると,教員側としては,「論理的思考力なるものを育成するためには,どんな数学学習がなされるべきか?」を追究して,適切に授業を設計して実践に臨んでいく必要があるということです.

そして数学教育研究では,そうしたことを追究してきているわけです.

そういうことをしないで,無条件に「数学を教えていれば生徒の論理思考力は高まる」と考えているのであればそれは明確に否定されるべきでしょう.それではユークリッド原論を最初から学習していけば良いとされた数学教育近代化以前の状態と変わりません.

また,教員が一方的に内容を伝達して生徒はそれを真似するだけといったような,生徒自らは「考えない」数学授業ばかりであれば,そりゃあ論理的思考力なるものの育成など遠い話となるでしょう.実際に考えさせずに「考える」ことを育成するのは不可能だからです(例えば松原ほか,1987*9).

フォセットはそうしたところに問題意識を持って,まさに生徒が自分自身で考えるように実験授業を計画し,実践し,結果を出したのでした.実際,その指導を見てみると,本当に徹底しているな…これは現代では真似できん…と感じます.

 

おわりに

数学教育は高次の思考スキルを高めるのか?」という問いに対し,「高次の思考スキル」の捉え方にもよりますが,数学教育研究上で明確なエビデンスを示していくのは相当に難しいと感じます.

そもそも「高次の思考スキルが高まった」と"評価"できる研究方法がまだ成熟していないと考えられるからです.

ある程度成熟したとして,それを学校現場で実現できるのかどうか…

例えばフォセットが行ったようなランダム化比較試験(と言い切ってよいかはわかりませんが)が適しているかもわかりませんし,信条的に実施したくはありません(というかできません).

ただし,CCRがレビューし切れていない数学教育研究上の研究成果も多数あると考えられます.例えば我が国だって,「創造性の育成」に関する研究成果が複数あります(植村,2010*10).

とはいえ,CCRが文書の後半で採り上げている数学教育研究が1938年のフォセットのものだけってそれはそれでどうなの…確かにフォセットは凄いけど…もっと数学教育研究の成果が他領域の方々にも届くように私も頑張って(実は海外向け論文は1本しか書いたことがない),算数・数学教育の「価値」をエビデンスを持って示していかないとあかん…と思いました.

 p.s.今回の記事で参照した『数学教育学研究ハンドブック』が電子化されたそうでそれはそれで良かったんですが,もうこれも2010年発行のものなんですよね…8年経ってようやく電子化…そしてここ10年間の研究成果はどうするんだろう…第2版が出たりするんだろうか… 

数学教育学研究ハンドブック

数学教育学研究ハンドブック

 

*1:中原忠男(2000),「算数・数学教育の目的・目標」,『日本数学教育学会誌』,82(7・8),48-51

*2:長崎栄三(2010),「目的・目標論」,『数学教育学研究ハンドブック』,東洋館出版社,24-29.

*3:高等学校学習指導要領解説:文部科学省

*4:Papers | Center for Curriculum Redesign

*5:同上,p.28

*6:国立教育政策研究所(2016),『資質・能力 理論編』,東洋館出版社.

*7:Schoenfeld, A. H. (1982). Measures of problem-solving performance and of problem-solving instruction.Journal for Research in Mathematics Education, 13(1), 31-49.

*8:清水美憲(2007),『算数・数学教育における思考指導の方法』,東洋館出版社

*9:松原元一ほか(1987),『考えさせる授業-算数・数学-』,東京書籍.

*10:植村哲郎(2010),「創造性の育成」,『数学教育学研究ハンドブック』,東洋館出版社,38-44.

中学生の数学理解の実態【資料の活用】編

今回は,「資料の活用」領域における中学生の数学理解の実態のごくごく一端を,前回記事と同じく全国学力・学習状況調査の結果からいくつか挙げてみたいと思います.

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「資料の活用」とは確率と統計を内容とする領域で,新学習指導要領からは「データの活用」という名称に変わり,内容の充実が図られたところです.

中学校学習指導要領解説:文部科学省

なお,以下では全国学力・学習状況調査の結果に話を絞りますが,確率は誤った認識を引き起こしやすいことがよく知られており,実に様々な研究がなされています.

数学教育学では,確率の認識についてもっと突っ込んだ論文がたくさんあります.そこは全くレビューしきれていないので,その前提でお読みください,,,

 

(1)確率の意味の理解

まず挙げたいのは,以前もツイートした,これです.2015年度調査より.

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趣旨と反応率は以下の通りです.

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この結果をそのまま受け取ると,22%の生徒は「6回投げるとき,1の目は必ず1回出る」と思っていて,さらに約10%の生徒は「6回投げるとき,全ての目が1回ずつ出る」と思っている,ということです.

全国学力・学習状況調査は100万人以上の中3が受けていますので,22%といえば約22万人ですし,10%でも約10万人です.

もちろんあくまで紙面調査なのでこの数値がそのままその実態というわけではないでしょうが,「読解力の問題」の一言では片づけられない実態だと思います.

このレベルで10人中3人にすでに問題が起きているとするなら,世の中「確率」を誤解している人が多いのもうなずけます.

この年度の報告書では,以下の分析が書かれています.

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そうなんです,実はこの問題は前々から使われているもので,全国学力・学習状況調査では8年前の2007年調査でも出されているのです.

「改善の傾向がみられる」とあるので,表にしてみました.

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2007年調査では,「6回投げるとき,1の目は必ず1回出る」を選択した生徒が27.1%いたんですね…およそ10人中3人が「6回投げるとき,1の目は必ず1回出る」を選んでいた…

ウと無回答が上がってしまっていますが,それ以外は下がっており,正答率は約6ポイント上がっているので,まぁ,「改善の傾向がみられる」のでしょうか.

この問題は,全国学力・学習状況調査が始まる前の,「教育課程実施状況調査」という,学習指導要領改訂のために使われたりする調査でも出されておりまして,結果は同じような傾向になっています.

私は最初2007年調査の結果を見たとき,「世の中には,サイコロ投げ等の実験を行っていない中学校が結構あるんだなぁ」ぐらいにしか思っていませんでした.なぜなら,実際に実験を行ってみれば,「6回投げるとき,1の目は必ず1回出る」保証など無いと“実感”できるからです.

しかし,指導経験を重ねるにつれ,そんな単純な話でもないことが段々わかってきました.といってもまだうまくつかめていませんが,実際に実験は行っているものの,確率の「意味」として,統計的確率と数学的確率(古典的確率)がうまくつながらず別物になってしまうというケースはありそうです.

統計的確率は同様に確からしくない場合こそに有効なわけで,同様に確からしい場合には数学的確率を使うことになるわけですが,数学的確率を求める際にもその統計的確率としての意味を確認するなど,統計的確率と数学的確率との接続にはもっと気を遣った方がいいのかもしれません.

 

(2)大数の法則の直感的理解

確率の問題は他にも独立性を問うものなど興味深いものがいくつかあるのですが,ここではもう1問,多数回の試行にこだわって次のものを挙げてみます.

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問題文長ぇ・・・これ中3最後まで読まんだろ・・・

と思う方こそに興味深い結果となっています.

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そうです,誤答で最も多いのが,最後の選択肢「エ」なのです。

約26%の生徒がおそらく最後まで読んだうえで「硬貨を投げる回数が多くなっても、表の出る相対度数の値は大きくなったり小さくなったりして、一定の値には近づかない」を選択しています。

確かにこれは問題文の解釈を取り違えているケースもありそうですが,それも含めて何らか問題が起きていると考えられます.

多数回試行に基づいて大数の法則(この問題の文面だと,強法則?)を“実感”することは学習指導要領解説でも求められているのですが,教科書には必ずその様子が載っているので,実験をせずに,あるいはその結果から収束の様子を見せなかったりして,教科書を確認するだけで終わっているとか?

統計的確率すっとばして,いきなり数学的確率から始めている?

実際に実験してみた経験がないと,問題文にある「相対度数の変化のようす」の意味がそもそもわからないと考えられます.

また,「表が出る相対度数は1に近づく」としている生徒が20.3%,「表が出る相対度数は0.5で一定である」としている生徒が17.3%いることも気になります.後者の認識はまだ想像できる(数学的確率と混同している?)のですが,前者を選んだ生徒って,どういう理解しているのでしょう・・・?

 

現行学習指導要領では統計的確率と数学的確率が中2「確率」で扱われますが,新学習指導要領では統計的確率の部分が中1に降り,数学的確率の部分が中2に残ることになっています.

(個人的には一緒に学習した方が何かと良いとは思っていますが)

つまり,今後は,中1にとっての「確率」の意味は「相対度数の極限値」であり,中2でそこに「場合の数の比」が加わることになります.

そのとき,それぞれどんな指導が求められ,どんな認識に至るのか.

現行の指導と同じままにはいきません.そこを考える際に,上記の実態は一つの参考資料になると考えます.

 

(3)ヒストグラムから相対度数を求めること

確率だけでなく統計からも気になる問題を挙げておきます.

1つはこれです.

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いいでしょうか.「3」ではないですよ.相対度数です.

反応率は以下の通りです.

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正答率23.7%・・・1/4に満たない・・・

でも,きっと度数をそのまま書いてしまったんだろう.

「3」と回答したのは・・・同じ23.7%!?

合わせても半分に満たない・・・

というか,この問題で「上記以外の解答」約26%何より「無回答」約25%もいるですと・・・?

相対度数は「割合」なので生徒にとって難しいのは百も承知ですが,(「3」と答えた生徒はまだ良いとして)少なくとも半分,つまり約50万人が,あの単純なヒストグラムで「22℃以上24℃未満の階級の相対度数」の意味を理解できていないようであるという結果はなかなか衝撃的ではないでしょうか.

そして,なぜこうなるかを分析したいものの,「上記以外の解答」と「無回答」があれだけいるとなると,調査の限界を感じます.

上記の分析にある,階級値書いたと考えられる「23」はまだわかりますが,「5」とは?30℃以上32℃未満の度数?

「8」は?・・・最頻値?

「10」は?・・・30 \div 3 ?(ありえそう)

新学習指導要領「データの活用」では,統計的問題解決,いわゆるPPDACサイクルを回すことがより一層重視されます.

ですが,その指導は生徒の実態に照らしてもなかなかに困難であることが予想できます.

 

(4)「範囲」の意味

最後に,これは仕方ないな・・・という1問.

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いいでしょうか.「範囲」ですよ.

反応率などは以下の通りです.

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そうです,「40から56」ではないのです.

日常用語の意味での「範囲」ではなく,“最大値-最小値”で定義される,統計用語での「範囲(レンジ)」なのです.

「40から56」と回答した生徒が32.6%います.気持ちはとてもわかりますね.

日常用語と区別するために,「範囲(レンジ)」のように,常に「レンジ」をくっつけて指導してはどうでしょうかね.

まぁただ,ばらつきを数値化するのに範囲(レンジ)などほとんど使わないでしょうからねぇ・・・

新学習指導要領では,中2に箱ひげ図が入り,四分位範囲を学習することになります.そうすると「範囲(レンジ)」の捉え方も変わってくるかもしれません.

あと,ここでも「上記以外」の29.3%が気になってしまいますね.それだけ解答類型にはまらなかったということですから,作成者たちも読み切れなかったということです.

しかし中央値や平均値を回答しているということは・・・?もし,問題文読まずに,こういう出題がされたときは平均値や中央値だ,などととらえているとしたら,それこそまずい事態です.

 

今回は,前に「数と式」について書きましたので領域順でいけば「図形」→「関数」→「データの活用」なのですが,「データの活用」から書いてみました.

新学習指導要領で変更が多い領域というのが一つの理由です.

少しでも指導に役立てば幸いです.

中学生の数学理解の実態【数と式】編

先日2018年4月17日は全国学力・学習状況調査が行われた日でした。

A問題(主として「知識」),B問題(主として「活用」)という形式では最後の年となります。

さて,この全国学力・学習状況調査については様々な意見がありますが,中学生の数学理解の実態について(あくまで紙面調査に過ぎないのでごくごく一端ですが),量的な分析という意味では貴重な情報を提供してくれていると私は捉えています。

以下,まずは【数と式】領域に限って,個人的に興味深い問題とその反応について簡単に見てみたいと思います。

 

(1)方程式の解の意味

まずは2016年度のA問題から。

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この問題の正答率は以下のとおりです。

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問題で,x = 3 を代入すると両辺の値が 6 で等しくなることが示されているわけですが,正答率は48.2%です。

両辺の式の値である 6 を「方程式の解」としている生徒が30.9%います。

こんな分析もされています。

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A3(1)は次の問題。

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つまり,この方程式を「解けた」生徒のうち約半分の生徒しか,「方程式の解」を正しく指摘できていません。

どうしてか。

これはあくまで私の経験に基づく仮説ですが,等号(=)および等式の理解,そして「解」と「答え」の混同に問題があると考えています。

方程式や不等式は,数量の「関係」を表現します。

しかし,小学校の算数では,「等号(=)の右に"答え"を書く」という習慣でずーっと学習してきています。

つまり,等式は両辺が等しいという「関係」を表現する式ではなく,「左辺が計算対象で,右辺に"答え"」を表現する式であると理解している可能性があります。

上の問題では,2x = x+3 の両辺それぞれに x = 3  を代入し,式の値を得ています。

この「式の値」を,計算結果としての「答え」として捉え,そして「答え」と「解」を混同しているので,「式の値」である 6 を「解」としている可能性がある。

いかがでしょうか。

もちろん,方程式の前に等式の意味をしっかりやっておかないとまずいことは当然のことなので,方程式より前の文字式の学習のところで「関係」を表す式として等式と不等式をちゃんと学習することになっています。

ここは「日本語を数学語に翻訳すること」を学習する箇所としてとても重要ではありますが,翻訳したところで終わってしまうので,生徒もその意義がわかりづらいのかもしれません。

「答え」と「解」の混同については,教員がしっかりとその違いを明示するとともに,言葉遣いに気を付ける必要がありますね(自戒)。

 

(2)「移項」の意味

方程式に関しては次の問題も興味深いです。2007年度のA問題から。

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正答率は以下の通りです。

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正答率は61.7%です。

興味深いのは次の指摘です。

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3(2)の一次方程式はこちら。

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これの正答率は83.6%と高いです(この辺はさすが日本)。

つまり,この方程式を「解けた」生徒のうち約3割の生徒は,移項の根拠を正しく指摘できていません。

移項という操作が形式化されているのはよいのですが,その根拠までは戻れない,つまり「"なぜ"かはわからないけど項をもう一方の辺に移すときは符号を変えればよい」ぐらいにしか理解していないとすると,やはり問題でしょう。

なぜかというと,まずは単純に同値変形の理解になっていないので,ここは乗り切れても先の学習(例えば1次不等式の同値変形)で困ったりすることになります。

次に,もう少し大きな話でいうと,数学は"なぜ"を大事にしないと結局は伸びない教科であると考えられるからです。

操作が形式化されるのはよい。

意味がよくわからなければひとまず操作に習熟するのもよい。

でも,最終的には,その操作の意味,その操作をしてよい根拠に戻れるようになってほしい。

そうして初めて操作に自信を持てるようになるし,ちゃんと理解して先の学習(それこそ高校で学習する不等式の同値変形など)に活きるようになる。

 

この問題が出た2007年度というのは,実は最初の全国学力・学習状況調査が行われた年度でした。

今年度,これと同趣旨の問題が出題されたようです。

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さて,結果はどうなるでしょうか。

ちなみに,両辺を同じ数でわっている変形を問う問題が2015年度に出題されていますが,そちらの正答率は79.8%でそれなりに高いです。

ここも興味深いところですね。

 

(3)「自然数の意味」-悪問中の悪問-

最後に。

上で書いてきたように私は全国学力・学習状況調査にはそれなりに肯定的な立場なのですが,「さすがこれは悪問では…」という問題が出されたことがあります。

これです。2016年度のA問題より。

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自然数をすべて選べ」で,選択肢に「0」が・・・

意図的に議論を起こすためにこうしたんじゃないかと勘ぐりたくなるレベルです。

趣旨や「正答」率はこうなっています。

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「0」を含めた生徒が32.0%いますが,誤りとなっています。

確かに,高校までの学校数学の立場では「自然数」には「0」を含みません。

しかし,学問としての数学では,「0」を含んでおいた方が都合がよく,それこそ「自然」であると考えられる立場があります。

(ものを数えるときは「1」から始まるのが「自然」だと考える方も,集合論自然数を構成する際には,空集合 \emptyset はやっぱり「0」とするのが「自然」だと考えるのではないでしょうか )

その立場を考えずに,「いや学校数学では0を含まないから」と突っぱねるのは筋が悪いでしょう。

何より気になるのは,問題の趣旨が「自然数の意味を理解しているかどうかをみる」だということです。

自然数の意味を理解する」・・・・真面目に考えると,「自然数の意味を理解する」とはどういう状態を指すのでしょうか・・・・

そこに「0」を含められるかどうかということはどう関係してくるのでしょうか・・・・

集合の要素を指摘できればよいということは,ひとまず自然数という概念の外延についての理解を調べようとしている・・・・?

気を付けたほうがよい文言だと思います。

 

私は中1を担当したとき,「0」を含むかどうかについては,両方の立場があると教えました。

そんな私の経験だと,中1生徒からすると「正直,0を含もうが含むまいがどっちでもよい」というのが率直な感想という感じでした。

生徒たちにとっては,これを学習する中1最初のタイミングでは,どちらの方が「都合がよい」だとか,「きれい」だとか,そういう意義がまだ見えてこないので,「0」を含むかどうかはただの約束に過ぎないと考えられるからです。

だからこそ,反応率が割れたとも考えられますし,そんな中でこれを問う必要があったのだろうか,とは考えてしまいます。

 

数と式領域においても,他の領域でも,他に興味深い実態の一端が見られますので,いつになるかわかりませんが,また書きたいと思います。

過去の全国学力・学習状況調査の問題や分析結果はこちら。

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大学入学共通テストの試行調査問題から高校の数学授業を考える(その1)

今回は,大学入学共通テストにおける数学の試行調査問題から,高校数学の授業について考えてみたいと思います. 

というのも,まず,2017年11月実施の試行調査は,「探究の過程等をより重視した問題」であったことに注意が必要です.

あれが「数学」の大学入試問題なのか,と思われた方は少し安心(?)してください.

次の試行調査はトーンダウンすることが予想されます(個人的には残念).

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http://www.dnc.ac.jp/news/20180326-01.html

 

じゃあなぜ「探究の過程等をより重視した問題」なぞ出題されたのか?

それは,高校の数学授業をいいかげん変えましょうというメッセージだととらえています.

実際,高校の数学授業は,下記の調査研究がなされたときからそれほど変わっていないように思われます.

ですので,じゃあそのメッセージを受け取ってやろうじゃないの,というのが本記事の趣旨です.

具体的に言及したい問題が絞ってもいくつかあるのですが,書いていてとても長くなることに気づいたので,1問ずついきたいと思います.

最後の問題が一番好きだったりしますが,とりあえず順番通りいきます.

 

1問めは,数学ⅠA第2問の,Tシャツの価格設定の問題です.

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こちら,新聞記事等で話題にもなりましたが,実は同じような問題は検定教科書(課題学習のところなど)に載っていたりします.

元々数学教育研究ではそれなりに有名なネタで,実践研究の論文が10年以上前(!)に出されてもいます.

ci.nii.ac.jp

この実践論文は海外の教科書教材が元ネタですが,日本では,実は1978年の時点で森口繁一先生が『応用数学夜話-現象と数理と統計-』の一番最初でこの問題の数理にあたることを書いておられますね. 

応用数学夜話 (ちくま学芸文庫)

応用数学夜話 (ちくま学芸文庫)

 

 このように「日常生活や社会の事象を数理的に数理的に捉え,数学的に処理し,問題を解決する」ことは,もはや算数・数学の「学習過程」の1つであり,いまはその過程を遂行するための資質・能力の育成が求められる時代です(めっちゃ難しいけど…).

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http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/073/sonota/__icsFiles/afieldfile/2016/09/12/1376993.pdf

(たびたび出るこの図…)

 この方面の数学教育研究は,数学的モデル化に関する研究として,かなりのことがなされてきています.ご興味ある方は以下の「数学的モデル化」の項をどうぞ(言ってももう7年以上前のものですが). 

数学教育学研究ハンドブック

数学教育学研究ハンドブック

 

 で,「日常生活や社会の事象をもっと授業に取り入れよう!」と主張すると,「いや純粋数学こそ大事」とか「数学は抽象性あってこそ」みたいなご意見をいただくのですが,もちろんそれはそれでとても大事なことだと思っていますし,全く否定はしておりません.

(このあたりは数学教育の目的・目標論の話になってきてそれはそれでまた長くなるのでまたいずれ別記事で,,,)

 

以下は,この問題のねらいと正答率です.

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最後の方のえらい正答率に目を持ってかれがちですが,むしろ(1)のアイウ,どうなんでしょうかこれは…

少し詳しめに問題を見てみます.

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調査問題なので,プロセスをすべて書いてくれています.

調査のねらいに「関数関係を見いだして」とありますが,すでに変数も特定してくれているし,その変数間の関係の調べ方まで書いてくれています.

授業でこの教材を扱うのであれば,まさにこのプロセスを生徒自身がどう経験していくかが問われます.

イは, (x,y) のグラフを直線とみなすというところまで言ってくれてて,そのとき yx のどういう関数であるかを選ぶ問題ですが,正答率は42.3%です.

(アで「販売数」を「累積人数」と読み替えられた62.4%から20ポイント下がっています)

授業であれば,生徒自身がまず変数を特定し,そこから変数間の関係を探っていくことになるでしょう.

問題の誘導にあるように必ずしもグラフにする必要はなく,表で差を調べ,変化の割合が大体一定であるとみなしてもいいですね.

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このように,変化の割合がぴったり一定ではなかったり,点プロットが完全に直線状でなくとも「1次関数とみなして」解決を進める活動はいまは中2の検定教科書に普通に載っています.

が,高校の授業での意識はどうでしょうか.生徒は「関数とみなす」活動を実際に行っているでしょうか.自ら変数を特定したり,それらをグラフにしてみたり,表を調べたりして,対応関係を見いだしていく経験をしているでしょうか.

 

ウは,売上額 S(x) はTシャツ1枚の価格 x ×販売数 y と問題文にわざわざ書いてくれています.

 yx の1次関数であるとみなせば,その yx をかけるだけなので,当然ながら S(x)x の2次関数とみなせることになります.しかし正答率は17ポイント近く下がって25.4%まで減ります.

この後,ようやく S(x) を式に表して処理することへと進みます.

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つまり,(1)アイウは,売上額 S(x) をTシャツ1枚の価格 x の2次関数とみなすところまでを問うています.

高校の授業では,与えられた2次関数の式をいろいろ処理することはよくしますが,一方で,事象から関数関係にあるとみなせる変数を目的に応じて特定し,それらの関係を見いだし,表現するということが「おまけ」になってしまっていないでしょうか.

もちろん式を処理したりそれをグラフにしたりということも重要ですが(そこのイメージがないとそもそも2次関数に表そうという発想も出ないかもしれない),関数の式がわかっていればグラフソフトでいくらでも処理できる現在,重要なのは事象を式に表現する過程ではないでしょうか.

つまり,2度目登場のこの図でいうと,いままではつい真ん中のBやCのプロセスばかりが扱われがちでしたが,そろそろ真面目に左上のA1のプロセスを重視してもいいのではということです.

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ちなみに初回記事で書いた九九表の探究は,右下のD2のための教材であったと言えます.

 2次関数の一般式を平方完成してグラフを描けることは大事です(この問題では以下で示す通り実は平方完成する必要はないのですが).

それは私も生徒にめっちゃ強調します(平方完成は2次関数のためだけではないですし).

ですが,グラフを描いて最大値や最小値を求めるだけなら,式さえわかっていればグラフソフトでできちゃいます.

それに,そもそも2次関数の式に表せなければこれらの技能も活きません.

そしてこれはもちろん2次関数だけの話ではありません.

 BやCのプロセスだけでなくA1のプロセスを生徒自身が経験し,そこでの発想や難しさを意識化していけるような授業がいいかげん必要とされていると思います(実際,A1にあたる過程はとても難しいです,日常生活や社会の問題を何か自分で解決してみようとすればよくわかります).

そのことの教育的価値については,ぜひこの論文をどこかでゲットして読んでみてください.もう30年以上の前の論文なのに,現代の高校の数学授業に通ずるどころか今でも…な論文です.

ci.nii.ac.jp

本問題を,A1にあたる資質・能力を育成するための1つの教材としてとらえて授業化を図ってみると面白いと思います.

同種のものとして,数学ⅡBの第3問の薬の服用の問題も面白く,また実践研究が論文になっているのですが,もう長くなったのでやめておきます.

最後に(2)だけ少し言及しておきます.

 S(x)=x(-0.1x+250)

 ですが,これは苦労して平方完成する必要はなく,上に凸の2次関数で,

 x=0 と  -0.1x+250=0 から, x=0  と  x=2500 で y=0 となることがわかり,放物線の性質から,それらの中点を通る x=1250で最大値をとるとわかります.

平方完成しようとして誤った高校生もたくさんいそうです(むしろそこまで来ているだけ良い方だと思いますが).

それにこの解き方は,販売数が価格の1次関数である以上は,結局「無料のときと,もうそれ以上にすると誰も買わなくなる価格のちょうど真ん中にのときに売上額が最大」という事実にたどり着きやすいように思います.

2次関数の教材ネタとしていかがでしょうか.

「授業開き」教材としての"九九表の探究"

中学校数学科で「授業開き」という言葉が使われることがあります.

明治図書の『数学教育』の4月号は大体「授業開き」特集ですね.

www.meijitosho.co.jp

 

そもそも「授業開き」って何よ…ということにはここでは触れません(ここ掘り下げても仕方ない).

というか「授業開き」というとなんだか大層に聞こえてものすごい準備しなきゃ…とお考えかもしれませんが,何も「特別な授業」をする必要はないと思っています.

むしろ,「"普段から"数学の授業とはこういうものだからね」というのを示すまたとない機会です.

以下,特に中1向けを想定して(まさに中学校数学科の「授業開き」!),教材を提案したいと思います.

 

…といっても,既に散々提案されている定番中の定番教材です.

そうです,「九九表における規則性の探究」です.

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なぜ中1向け「授業開き」教材としてこれを推すかというと,

  1. 算数でもやられてきているけど,想像以上に"数学"が眠っている
  2. 見つけた規則性をもとに発展させることで新たな規則性を見つけられることを体験できる(以下で少し詳しく書きます)
  3. 初めて「数学」の授業を受ける中学1年生にとって馴染みがあり心理的負担が和らぐし,数学(算数)が苦手な生徒でも何か見つけられる
  4. 見つけた規則性を「説明する」場を必然的に設けられる
  5. 新学習指導要領では素因数分解が中1最初に来る

あたりが理由です.

以下では特に上記2について強調しておきます.

今後の数学教育において求められているのは,ひとまず,「事象を数理的に捉え,数学の問題を見いだし,問題を自立的,協働的に解決することができる」という資質・能力の育成(教育課程部会算数・数学ワーキンググループ,2016)ということにしておきましょう.

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http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/073/sonota/__icsFiles/afieldfile/2016/09/12/1376993.pdf

 

「九九表における規則性の探究」は,まさに「自立的,協働的に解決する」ことにうってつけです.

まず,「自立的に」,つまり自力解決において何かしら(算数レベルでもよい)見つけられる可能性が高いです.これで発表できると生徒も嬉しい.

次に「協働的に」ですが,これは見つけたことをただ発表しあって終わり,を指すのではありません.

例えば,ある生徒が九九表の中のどこでもよいので2×2マスの正方形で囲み,「ななめどうしに足すと…」とか発表してくれたら超チャンスです(やったことない人は実際にいくつかの2×2マスの正方形で足してみてください).

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何の超チャンスか?

もちろん,「おおすごい!〇〇が成り立ちそうだね.そしたら次に何を考える?」と問うチャンスです.

ここで例えば次のような発言が出てきたらべた褒めしたいところです.

じゃあ3×3マスにして同じことやってみると…」(実際にやってみてください)

ななめどうしを足すんじゃなくてかけてみると…」(実際にやってみry

「え,そしたら……」

「じゃあこうしても……」

 

そうです,誰かが見つけた(高尚めな)規則性をもとにして発展させることで,自分もまた新たな(そして高尚めな)規則性を見つけられる,ということを体験させられるのです.

まさに「発展的に考える」という数学的な見方・考え方を,協働性を活かして明示的に指導できるチャンスであるわけです.

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http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/073/sonota/__icsFiles/afieldfile/2016/09/12/1376993.pdf

集団での授業だからこそ,自分1人では発見できないような規則性を発見できる.

集団での授業だからこそ,他者の意見に「乗っかる」ことができる.

自分1人で考えることは大事だけれど,それをもとにしてみんなして高め合っていくんだよ,というメッセージを発しやすい教材ではないでしょうか.

そしてそして,数学というのは答え(ここでいう1つの規則性)が出たらそれで終わりではなく,そこからが始まり(見つけた規則性をもとにしてさらなる規則性を探す)なんだ,ということも指導できるわけです.

 

さらには見つけた規則性が成り立つ「理由の説明」も超大事なわけで……九九表について書いていると本当にきりがありません.

ちゃんと探究した経験のない方は,ぜひご自分で探究し,生徒の多様な反応を予想してみてください.

私も過去に,「予想される生徒の反応」を完全に超えて来る発見(?)を生徒から出されたことがあって,めっちゃ面白い…!!となりました.

(皆様のお楽しみのためここでは何ら具体的な規則性について言及しませんが,この発見については過去にツイートしてしまったことがあります)

なお過去の数学教育研究では,例えば以下の研究成果報告書でオープンエンドアプローチの事例として九九表の規則性がめっちゃくちゃ探究されているのですが,残念ながらウェブでは落とせないようです.

kaken.nii.ac.jp

 

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最後に.

始めの方で述べた通り,これは何ら「特別な授業」ではありません.

今後の授業でも,ことあるごと(チャンス)に,「発展的に考える」問いを発するわけです.

九九表の時に似たようなことやったよね,と言いながら.

そういう経験を重ねていくことによってはじめて,自ら「次に何を考えるか?」を自己に問える生徒が育っていくのではないでしょうか.